ハイスペ女子( )のよこしまな所感

元社畜・現育休中30歳OVER女子( )の日々の所感。

東大OG視点の東大女子インカレに入れない問題

最近、「ジェンダー」についてモヤモヤと考えることが多かったのですが、東大のジェンダー論専門の瀬地山先生へのインタビュー記事を読んで、考えの整理がついてきました。

東大女子はインカレに入れない

東大女子を排除したインカレサークルなどに対して3月に本部学生支援課が改善を喚起した(http://www.c.u-tokyo.ac.jp/campuslife/20160316.pdf)。

私が東大に入学したのは10年以上前のことです。その当時からもそうだったのですが、東大女子は東大男子に比べて入れるサークルの数が少ないです。

他大学(特に女子大)の学生が所属するサークルに東大女子は入ることができないからです。

 

ただ、これは全てのインカレにおいて「東大女子は入れません」と明確に言われているわけではない…と思います(瀬地山先生のインタビューにも言及されていますが)。中には明確に東大女子が入ることを断るサークルもあるかもしれませんけどね。私が新入生だった頃にインカレの勧誘のビラを直接渡されたことがあります。東大女子にも門戸が開かれていることは開かれているのです。しかし、これを受け取った当時の私は「インカレか…これはナイな。」と思っていました。

 

東大女子の間では「インカレは東大生の彼氏が欲しい女子大の女の子と、かわいい女子大の彼女が欲しい男の子が活動を楽しむサークル」「他大のかわいい女の子が男の子にちやほやされるサークル」という位置付けでした。受験が終わって化粧も下手くそで服のセンスも悪い私は、そんなところにわざわざ飛び込もうとは思えませんでした。他の女の子がちやほやされてる場になんていたくねーよと思っていました。

ちやほやされたい東大女子もいるけれど

匿名で書いているブログなので隠さず書きますが、私はちやほやされたい女子でした。…というとちょっと違うかもしれませんが、「かわいい」「きれい」って言われたら嬉しいと思っていました。

瀬地山先生のインタビューでは少し前に話題になった東大美女図鑑の話題についても言及されています。

私も話題になった当時、それについてのブログを書きました。

shimaneco21.hatenablog.com

これに関する意見は恐れ多くも瀬地山先生と類似するところがあるかなと勝手に思っていまして、女性には「外見や女らしさで判断されたくない」というタイプと「外見や女らしさには自信があり、そこでも私のことを判断してほしい」というタイプがいるかと思っています。「女らしさ」で勝負したくない人としたい人がいるんです。(このことこそが"ジェンダー"を難しくしているかな、と私は思います。)

僕の「ジェンダー論」の授業で学生から返ってくるコメントペーパーにも「私も美女図鑑に入りたいです」と書く東大女子は複数います。

東大女子みんなが美女図鑑に入りたいと思っているわけではない。私の講義のコメントペーパーに「『美女図鑑はなんだか嫌だ、不快だ』とまで書く東大女子が複数いることもまた事実です。

このように両タイプいるわけです。(もちろんどちらでもない人やどっちの気持ちもあるという人もいると思います。)

自信過剰乙って感じかもしれませんが、私は「外見で評価されたい」タイプでした。

特に「外見で評価されたい女子」かつ「東大女子」というのは非常に好都合なのです。東大生というだけで「美しい」「きれい」のハードルが下がりますからw 単なる美女としては戦えないところ「東大生」という武器を持つと「才色兼備」にジョブチェンジして戦えるようになるのです。

どっちの東大女子もインカレは嫌だ

「外見や女らしさで評価されたくない東大女子」も「外見や女らしさで評価されたい東大女子」もインカレに入るのを敬遠します。

外見や女らしさで評価されたくない東大女子からすれば、そもそも「インカレは東大女子が所属しておらず、女らしくてかわいい女の子を集めている場所」(←実際運営側がそのようなつもりがなくても東大女子の間ではこういう認識です。)ですから、わざわざ「自分が評価されない」場所に飛び込む意味がありません。

また、外見や女らしさも武器にしたい東大女子は「東大」という武器を持って戦っていきたいので、その武器が効かないかもしれないフィールドに敢えて飛び込んでいく勇気はなかなかありません。またこのタイプはプライドが高いので、そこで外見や女性らしさで負けた場合のことを考えると、そんなハイリスクなサークルには入りたくありません。

こんな背景もあって東大女子は結局どちらのタイプの人もインカレには近づかないのかな、と思います。

東大男子はどう思っているんだろ?

東大のインカレ状況について10年前の東大女子はこんな感じに考えていたわけなのですが、東大男子はどう思っていたんでしょうかね?

現在の東大男子について瀬地山先生は

特に彼らに顕著なのは、専業主婦世帯で育ったため、働いている女性の姿を身近に知らないことだと思います。

 東大にはやはり大都市圏のアッパーミドルの家庭で育った学生が多くを占めています。父親は例えば大企業の管理職で夜遅くまで残業をする。そして専業主婦の母親が家事、子育てを全てカバーしている。そんな両親の背中を見て育った東大生は自分も将来、両親と同じ生き方ができるだろうと思いこんでいるように感じます。

 だから将来、自分の結婚相手の女性も出産を機に当然、専業主婦となり家事や子育てを担ってくれるだろうと東大男子は無意識に期待しています。しかしそれは甚だしく時代錯誤的な勘違いであり、その結果将来の世帯年収を自ら下げてしまっているということを知ってもらいたい。

このように指摘しています。

あ〜〜〜〜〜〜わかる〜〜〜〜〜〜〜あるある〜〜〜〜〜〜!うあ〜〜〜〜!!!!!と思ってしまいました。こう思いながら頭に浮かんでいたのは紛れもなく私の夫です。

現在、私の夫は単身赴任中なのですが、これに私がついて行くか行かないかで非常に揉めました。

私は今は育休中で仕事をしていないとは言え、保育園が見つかればすぐに仕事に復帰したい思いがあり、そのためには今住んでいる区から離れたくないと思っています。それに対して夫は「家族が離れるのは寂しい」とか「家族はできる限り一緒にいるものだ」ということを言っていました。

結局、話し合いを重ねて夫が単身赴任するという形を取っています。

昔から私はリアリストタイプで夫はロマンチストタイプなので、私は夫のこの「家族が〜」発言を「感情に基づいた意見」なのかなと思っていました。が、瀬地山先生の発言も読んで「夫のあの発言は単なる感情以上のものかもしれない」と思いました。

瀬地山先生の言うような無意識な期待、勘違いが根本にあるのではないか、と。

ちょうど、昨日夫と電話をしたのですが、その時に「なかなか保育園見つからなくて残念だけれど、Hくん(息子)と一緒に居られる時間が長くて、よかったなと思うよ。母親が見ていた方がいい子に育つと思う。」と言われました。

私はこの時ものすごくイラっとしました。「保育園に入っている子でもいい子に育つよ!私の友達で保育園に通っていた子も今すごくいい子だし、親が見ててもクソな奴はクソだろ」「だいたい母親に限定してんのはなんでだよ、別に父親でもジジババでも保育士さんでもいいだろ」「Hくんと一緒にいる間、私がずっと心穏やかだとでも思ってんのか?あ?すっげーイライラすることもあるんだぞ?」などなど、いろんな感情がワッと私の中に浮かんだのですが、電話越しで喧嘩ふっかけても無意味だと思ったので、その時は飲み込みました。

夫は私に対して「仕事に復帰するのは賛成」と言ってくれていますし、単身赴任前も早く帰ってきて子供の世話をよく見てくれました。今も息子のことをよく気にかけてくれます。

昨日の電話の発言もきっと悪気はないと思うんです。私が仕事復帰できないからヤキモキしているのを慰めようと思って「今の時間は意味があることなんだよ」って意図で言おうとしてくれたんだろうな、と思います。また、彼が瀬地山先生の言うような「パパがバリバリ仕事ママが家にいて幸せな家庭」に暮らしていたので、彼の中には無意識にこの考えが根付いてしまっているのだな、と冷静になった今は分析できます。

でもこの考えは非常に危険なことです。彼もゆくゆくは会社でそれなりのポジションになるでしょう。その時までこの考えを根本に持っていたら…と思うと、そのうち若い社員から「時代遅れな上司だ」「セクハラだ」と指摘されてしまうかもしれませんね。

なので、今日電話でこのこと(東大インカレのこと、瀬地山先生のインタビュー内容も含めて)を夫と話してみようかな〜という気になりました。

まとめ

ちなみに30歳OVERとなった今、同級生を見ているとそんなに偏見に満ちた人はいないとは感じています。もちろん私も10年前とは考えが変わりました。東大は瀬地山先生が指摘する通り「多様性の少ない」場所です。

しかしあれから時が経って研究・仕事・結婚・育児などなど、卒業生はそれぞれの経験を通して徐々に"並みの"多様性について知るようになってきているように思います。しかしそれでも私の夫のように潜在的に時代遅れの価値観を引きずっている場合もあります。きっと私にも何かしらあるでしょう。

瀬地山先生のインタビュー記事はそんなことを自覚するきっかけになりました。